2011年4月29日金曜日

「霧島ツツジ日記」の真剣勝負

 「花かごしま2011」に5月1日~11日の間展示する「ミヤマキリシマ」の盆栽を、赤帽さんの専用トラックで今日13時に鹿児島市吉野町のメイン会場に発送しました。展示場は「花みどり色彩館」で、展示期間中は仙巌園様や池坊鹿児島支部の皆様に管理していただく予定です。
 約10ヶ月をかけて今回の展示のために精根を込めて調整した7鉢です。最後の約2週間の開花調整に、自製温室や強制クーラー室などを駆使しました。今年の異常寒波でツツジたちは開花時期をそれぞれ迷ったようで、ピンポイントに合わせるのに大変苦労しました。さいたま市に住む、弟博の協力を得たこの7鉢と、友人永井様の2鉢との総合力で11日の展示期間を持ちこたえられるように調整したつもりです。 
  角鉢はすべて皇居の盆栽を管理しておられる、さいたま市盆栽町の九霞園の村田勇社長様に今回の展示のために特別に調達して頂いたたもので、この上なく光栄に思っております。  
 写真はすべて発送直前に慌てて撮ったもので、出来が悪く後悔しています。余裕がありませんでした。 
  13時に鉢を発送したあと、韓国岳の麓をうろついてきました。山のミヤマキリシマも芽吹き始めています。連休で人出が増えてきました。 
  2010年8月の畑の状況は右URLで:           http://kirishiman.blogspot.com/2010_08_01_archive.html  
                

    (この写真はクリックで拡大可)







2011年4月17日日曜日

鹿児島県産廃管理型最終処分場問題の経過

   

   薩摩川内市の管理型産廃最終処分場計画の問題点と提言

1.はじめに
  鹿児島県には公共関与の産業廃棄物管理型最終処分場が一ヶ所もなく、現在、薩摩川内市への設置が推進されています。川内原子力発電所の原子炉が廃炉になったあと、放射能を帯びた解体廃棄物の管理型産業廃棄物はどこにいくのでしょうか。
   長い間、日本で公共関与の産業廃棄物管理型最終処分場がない県は山梨県、高知県、栃木県、和歌山県、鳥取県、鹿児島県でした。山梨県は約15年に亘る反対運動を押し切って2009年5月、初の処分場が旧明野村で稼働開始しました。操業開始して数か月で厚さ1.5mmの遮水シートTPO:サーモプラスティックポリオレフィン製)接合部が50か所以上はがれました。2010年10月2日に漏水検知システムが作動したため、埋立て物を約5m掘り起こして調査したところ、原因は、施工時に重機の圧力がかかり、遮水シートが破損していたことでした。水質汚染の兆候があるようです。現在まで約1年稼働を停止したままです。すでに2年間で50億円近い赤字が発生し、増大しつつあります。処分場への持込み量が少ないので、受け入れ単価を約3万円/トンから約2万円/トンに引き下げてなんとか事業を続けようとしていますが、赤字増大を防ぐために早く処分場を廃止すべきとの意見もあります。明野処分場建設に伴って2003年と2004年に県が実施したアンケート調査で、処分場が必要と回答したのは県内排出業者869社中わずか10社のみの1.1%だったのです。鹿児島県は何パーセントなのでしょうか。廃棄物のリサイクルなどの技術の進歩で持込み量が「想定外」となり、大規模な投資が無駄になる恐れはないのでしょうか。
    鈴木嘉彦山梨大学工学部長を委員長とする旧明野村の検討委員会では「立地とシステムは危険だ」との結論で、村長もこれを尊重して立地に反対していました。市町村合併で旧明野村が北杜市となり、県は方針を押し通したのです。旧明野村民は泣くに泣けないことでしょう。山梨県知事は次期最終処分場(境川)では、産業廃棄物を受入れない方針を発表しました。痛い目にあってたどり着いた結論です。廃棄物処理法第3条で、産業廃棄物の処理責任は事業者にあります。企業誘致のために多額の赤字を出す処分場を税金を使って提供する必要はないという考え方です。ましてや、近年「山元還元方式」の採用などで、埋め立て廃棄物ゼロのシステムが開発され、実用化されつつあります。 
    高知県では2011年10月1日に初の処分場が稼働を開始しました。処分場の側壁は高さ約10mの現場施工の鉄筋コンクリートで、厚さが上部500mm下部2,200mmの台形で、クローズド式の最新型です。
    鹿児島県は、絶対に第二の山梨県になってはいけませんが、現在の計画ではそうなりそうです。専門家による検討委員会の設置もないまま、事が進められました。県の「専門委員会」は指導要綱に基づいて設置されたもので、機能(任務と能力)が山梨県の検討委員会とは全く異質のものです。法的には、廃棄物処分場に関する県の計画は設置予定地域の住民や、関係市町村の意見を聞くだけで(又は聞かなくても)方針どおり進めることができます。それらがいくら反対しても、協定締結を拒否してもごり押しができるように決められています。指導要綱すら法的には守る義務はありません。
   2011年10月14日、鹿児島県の処分場計画に反対する地域住民の三団体が合同で県環境整備公社を相手取って鹿児島地裁に計画挿し止めを求めて仮処分を申請しました。裁判官は「厚さ1.5mmの遮水シートを許し、多数の事故を惹起してきた悪法」に照らして判決をくだす可能性があります。悲劇の回避は県議会の動きや伊藤県知事の判断力と良心にかかります。山梨県と同様に、無謀な計画をごり押しすれば大きな失敗を繰り返すことになります。
    国内に最終処分された管理型産業廃棄物は少なくとも約10億トンにのぼります。最終処分場の有害成分の漏えいや悪臭発生が公害を惹起し、継続的に2,000件程度(筆者推定)の訴訟事件になっています。
    法律で定められた厚さ1.5mm以上の遮水シートの劣化や破損で有害物質が流出して水質汚染などを引き起こしています。遮水シートが一重ではダメなので、1998年に二重以上にするよう法律が改定されました。それでも問題が多発するため、鹿児島県では厚さ500~1,700mmの鉄筋コンクリートの枡方式を採用した自治体(姶良郡西部衛生処理組合:下の2枚の写真)や、産廃分野では上述の高知県など国内トップレベルの優れたシステムを導入した例が出てきました。
    幸い、鹿児島県は今まで廃棄物による汚染とはほとんど無縁の生活環境と美しい自然を維持してきました。私たちは子々孫々に迷惑をかけるような過ちを決して犯してはなりません。
   尚、産業廃棄物及びその最終処分場について関心をお持ちの方は、下記のスライドをご覧ください。 筆者が作成し、2008年2月に鹿児島大学理学部における「地球環境エネルギー論」の一環として講義に使用した資料です。 (51ページあります。スライドショーでご覧ください、印刷も可能です) 

  「産業廃棄物管理」   (左をクリックしてください)

      http://gallery.nikon-image.com/128080328/albums/1095222/photos/




      下の youtube でもご覧頂けますが、画像がやや劣ります。

 
     

 


          最新型の管理型廃棄物最終処分場(鹿児島県姶良市)
 
 

2.現計画の問題点 
下図は鹿児島県が公表した、薩摩川内市に建設予定の処分場の構造概略図です。                                (クリックで拡大

下記「鹿児島県公共関与の産廃処分場基本計画」より転載:http://www.pref.kagoshima.jp/__filemst__/49999/kihonnkeikaku.pdf

      設備概要:
    埋立容量 : 60 万㎥ 程度
    埋立面積 : 36,800 ㎡(甲子園球場全体とほぼ同じ面積・全面屋根付き)
    埋立て層厚:最大約30m
    供用年数:15年

①冠嶽の中腹に位置する処分場建設予定地の地盤は水を通しやすい柱状節理の溶岩で、湧水が多い。窪地の上部直近に大きな湧水か所があり、窪地内の湧水は2か所以上、浸出か所は無数確認されている。排水層(砕石、面状排水材)で湧水や浸出水を抜く構造になっているが、経年で目詰まりが発生し、充分に機能しなくなると考えられる。目詰まりしない濾過層は存在しない。湧水や浸出水の圧力等で側壁や底部の遮水シートがが破損すると浸水する。当然この水の一部は浸出水として回収、処理されるが逆に破損部分から漏れ出た有害成分を含んだ水は土地を汚し、河川に注ぐ。
    遮水シートが水圧で破損する原理を簡単に説明する。埋立て物の層厚が30mとなり、側壁の排水層が目詰まりをおこし、側壁にそって30mの水柱構造ができたとする。側壁の底部には約3Kg/㎠の水圧がかかる。この圧力は乗用車のタイヤの空気圧よりはるかに高い。仮にタイヤが1.5mmのビニールシートでできていたとすると、簡単に破裂することが想像できよう。
   窪地内(廃棄物処分予定部分)の湧水や地下水は排水管で集水して地下水ピットを経由して放流するとしているが、直接地下に浸透して流下し、全量を集水することはできない。又、水質に問題があれば浸出水処理設備で処理する計画とするなど、当初から浸出水の漏れを想定している。遮水シートから一滴も漏れてはならないのだが、例えば厚さ1.5mmのビニールシートは有害成分を含んだ浸出水を透水係数1×10⁻12cm/秒程度の速度で下部の地盤に通す。
②厚さ200mmのコンクリートを打つ構造(少なくとも底部は)だが、内容物の保護の役割は長期的には期待できない。広い面積の岩盤は時間経過と共に変形したり不等沈下するため、直結した薄いコンクリート構造体はシール構造と共に追従できず破損するだろう。紫尾山、金峰山は14年で1cmの割合で隆起している。ここも同様だろう。
    エラス(伸縮吸収材)を入れると強度や長期間の気密性に問題が発生する。厚さ300mmの砕石の排水層に張り付けられた、薄いコンクリート壁が地震で剥げ落ちることは容易に予測できる。「法律に基づいた施工基準を守っている」との声がすぐ聞こえてきそうだ。国内1級の「出水活断層」や、2Km離れた所に「確実度Ⅱ」の活断層がある。活断層の存在は法的に処分場の立地を制約する事項だがこれも大丈夫と判断された。地質の専門家は危険性を指摘している。
    「透水しない強固な岩盤の窪地だから遮水が容易で建設費が安くて安全だろう」との大きな勘違いが本計画の基本にあるのではないか。大量に漏れなければいいのではなく、一滴も漏れてはいけないのである。全く逆に、危険で設備投資も高くなる場所である。仮に、厚さ1,500mm程度の鉄筋コンクリート枡方式を採用するとしても、側面からの湧水や浸出水がある、不定形な当地では平地に設置する場合に比べて設備投資が高額となろう。最新型の処分場を、当地に建設することは、安全性、経済性の観点から極めて不合理である。
    国内にすでに数十か所設置され、稼働している最新の管理型処分場は地震や地盤の変形、浸水の影響を受けにくい、500~2,000mm程度の厚さの鉄筋コンクリート枡構造で、より安全な場所に設置されている(参考資料-1参照)。
ただ、残念ながら永久に安全な廃棄物最終処分場のシステムや場所はない。
       参考資料-1:「絵で見るクローズドシステム処分場」・クローズドシステム処分場開発研究会編・環境新聞社刊
③厚さ1.5mmの遮水シート(ビニールシートの場合)の寿命は75年(県担当者回答)と推測されている。50年と推測するメーカーもある。劣化したら機能しない。
75年間は面積36,800㎡(甲子園球場とほぼ同じ)の処分場に張られた厚さ1.5mmの遮水シートに地域住民の安全確保や環境保護が賭かり、劣化した後は自然放置状態となる。現在の法律はこれを許している。処分場を閉鎖(受け入れ停止)後、浸出水の水質やガス発生などが、2年間一定の基準をクリアーすれば処分場は「廃止」になり、「自然」に戻るか跡地利用される。
    埋め立て途中又は埋め立て後に遮水シートが破損したらどのように対処するのか。現在、その方法がなく対処できずに垂れ流しになり、大きな問題を惹起している処分場が国内に多数ある。埋立層厚は30m程度とのことだが、これを掘り起こして遮水シートを補修することができるだろうか。
    自己修復材として高分子吸収材又はGCL(ジオシンセティッククレイライナー)を使うとのことであるが、これらを含めて、現在国内で自己修復材として使われているものは単なる充填剤であり、充分な遮水効果は期待できない。名前のとおり、高分子や粘土系物質が主成分の膨張材である。
④伊藤県知事は2009年4月20日の定例記者会見で「ただ、柱状節理といって、岩盤は一枚岩ではないですから、必ず間に若干の亀裂が入りますが、それでもほとんど透水性の低い地域だろうと思います。また、この産廃施設の透水性の問題というのは、岩盤で保障するのではなくて、その上に貼る5層の膜でもって防水性を完璧に保障するのです。ですから、直接岩盤に入れ込むのではなくて、その上に5層の膜を貼って、きちんとやるわけですから。それは日本全国、900ヵ所の廃棄物施設全部そうです。」と発言した。岩盤が透水することを認めたうえで、遮水シートは皆が使っているから安全だとの発言である(発言は参考資料-2参照)。すでに国内で数十例稼動している最新式の処分場がどのようなものか、又、遮水シートは仮に健全であっても、上述のように有害成分を含んだ水を通すことを全くご存知ない。県にとって極めて重要な事業でありながら、実態調査などによる現状把握すらできていない。伊藤県知事や県関係者の大きな怠慢が指摘される。
    「5層の膜」は何を指すのか不明であるが、ある程度遮水効果があるのは遮水シートだけである。厚さ1.5mmの遮水シートではダメだから分厚い鉄筋コンクリート製に移行したのだ。旧来、最も有害成分が多い特別管理型廃棄物は厚さ30cm以上の鉄筋コンクリート枡(遮断型という)で管理するよう定められているが、近年、管理型廃棄物の分野でもこれを上回る処分場の機能が確保されつつある。 
    最新鋭設備の多くは地方自治体が管轄する一般廃棄物の管理型処分場であるが高知県は産廃の分野で採用した。これらは経済、産業最優先の古い法律を遵守するだけの施設では市民の安全が守れないので、設備投資は高額になるが、より安全なシステムを開発し導入した。自分たちの安全と自然環境を守るためにだ。多くの公害事件を惹起してきた、厚さ1.5mmの遮水シートに頼る極めて危険な従来型の施設での対処が産業廃棄物だけに許される根拠はない。
   すでに国内で数十か所に最新鋭設備が建設され、稼働している。是非、これらを参考にすべきである。立地、構造の観点から県の計画が時代遅れで、いかに危険かを認識すべきだ。
参考資料-2:http://www.pref.kagoshima.jp/chiji/kaiken/h21/kaiken090420.html#8
⑤産廃の流通分野は真の経済原理が働く世界である。「マニフェストを守らせればこうなるはずだ」などという、お役人の机上の計算は全く通用しない世界だ。民間の管理型処分場の受け入れ単価には「表単価」と「裏単価」があり、お役人が耳にするのは表単価であり、裏単価はそのほぼ半額との話がある。業界の市場調査、アンケートによる意向調査などを実施して実態を把握すべきだ。これも、お役人がやったのでは真の姿は把握できないことを認識した上でだ。その上で、実態に即した採算性を明確にすべきである。山梨県はこの面でも失敗している。

.提言
①「低地の平地」に処分場の立地を変更し、最新型のコンクリート枡方式を採用すべきである。現在の計画は大きな事故を起こす可能性が極めて高い。事故を起こして大きな被害を発生させたり、その対策に巨費を費やしてはならない。このことは筆者が2004年2月以来、県知事はじめ県関係者に文書等で具体的に提案している。山梨県や高知県等、直近の失敗例や最新システムに学ぶべきである。
②設備規模は埋め立て容量が60万㎥程度とのことであるが、県初の設備でもあり、高知県などを見習って最初のセルは10~20万㎥クラスに縮小すべきである。
その理由:  
    1)山元還元など新技術が開発されたり、各種減量化の努力で産廃の発生量
は着実に減少傾向にある。
    2)現行法の規定で、中間覆土は埋立て物の層の厚さ2m以下で0.5m以上と
なっている。これは、旧来の雨ざらしのオープン方式を前提として規定され
たものだ。クローズド方式では見直されるべき事項で、規定を改正すべきだ。
このような改正すべき不合理が設備条件にもあり、これらの修正で有効
容量の増大が期待できる。
   3)失敗のリスクの軽減。(これが最大の理由である)。
現在の計画は単に現地の地形に合わせて容量を決めたと考えられる。当初から50万㎥程度を考えていたはずで、諸般の要因を考えると、これを下回ることはあっても上回ることは考えられない。
③将来、鹿児島県は埋め立て廃棄物ゼロを目指すべきである。すでに県内の数か所の自治体が山元還元方式を採用するなど、大変な努力をしてこの理想的なシステムを実現しつつある。
    又、県内の民間会社でも溶融炉を導入するなど、埋立て廃棄物ゼロを指向している。県はこれら先進の自治体、民間企業の実態を把握した上で、将来計画を策定すべきである。
   この指針については、2007年5月に伊藤県知事以下県関係者に文書等で提言している。

.後記
    稼働中の処分場の排水の水質は基準値で管理され、有害成分は基準値以下の濃度で流出して川に入り、海に注ぎ続けている。国内に埋め立てられた約10億トンの産業廃棄物は、いずれ自然放置状態になる。処分場が「廃止」になったあとは法律上誰にも管理する義務はなく、地域住民が監視することになる。日本が廃棄物による公害列島にならないよう頑張り続けることが大切である。
    処分場に埋立てられた廃棄物は経年で「安定化」して有害成分が出なくなるという話がある。ダイオキシンや水銀などは変化しない。処分場内部に水道(みずみち)ができることによる有害成分の流出速度の急速な低下、放射能の時間減衰、動物の死体などの有機物の腐敗や発酵、一部金属類の酸化などの現象は理解できる。これらを安定化と呼んでいるのだろうか。多くの学者がいわゆる「埋立て物の安定化」などはあり得ないと明言しているし、論を待たない。 
    当建設予定地は、徐福伝説で有名な 霊山冠嶽の中腹に位置し、鎮国寺のすぐ近くにある。徐福はもとより、不老長寿の薬草を求めて徐福をここに遣わした秦の始皇帝はなんと言うだろうか。
 冠嶽の麓には「冠嶽温泉」もある。この温泉こそ冠嶽に降った雨水が柱状節理から地下深く浸透し、各種成分を溶かし込んだ熱水となったものだろう。温泉脈があるのは、多くの薬草をはじめ、珍しくて不思議な植物が多数生育していることと無関係ではなかろう。 地域住民の皆様の安全と自然環境はもとより、霊山冠嶽を守るべきだ。鹿児島県初の管理型産廃処分場の建設から、大きな失敗を犯してはならない。
 計画推進者に祟りがないことを祈ると同時に、早く誤りに気づき、計画が撤回されることを願う。まだ遅くはない。 
   鹿児島県は過去に公共関与の管理型最終処分場の建設予定地として、旧喜入町、旧鹿屋市、旧国分市上の段、旧国分市川内を発表したが、これらのすべてが山間部で予定地区や下流域の住民の強烈な反対運動で計画が頓挫した。今回の薩摩川内市の計画は、クローズド式で浸出水を放流しないという点が改善されたが、最重要な「安全」を保障するには悪い要因が多すぎる。過去の頓挫の反省がない。国内で最後の県であり、少なくとも最新鋭のシステムでなければならない。
    攻めることより引き返すことに、より大きな勇気が必要だが、県は蛮勇を振るって引き返すべきだ。国は原発ですら引き返すと言っている。今からでも決して遅くはない
    事業は理に適い、法に適い、情に敵わねばならない。現計画で適っているのは、経済、産業最優先で制定された時代遅れの法律のみである。 少なくとも、大方の県民が賛同するような計画でなければならない。

付録・戦略策定について:
 2006年から2年間を費やした当事業計画の検討体制と検討手法が適正であったか疑問を持たざるを得ない。県の関係者が専門分野の意見を聞きながら自分たちで一生懸命考え、議論しても最適な計画が策定できるとは限らない。戦略を立てるにあたって過ちを犯しにくい、科学的な検討手法がある。
 例えばKT法(ケプナー・トリゴー法)をその一つとしてご紹介する。この手法を使えば「どのような体制」で検討するのかから始まり、「どのようなシステム」を「どこに」「いつごろ」などといった基本的な戦略を大きく間違えることは避けられる。
    KT法: http://ai.skr.jp/acton/k-info/mark1/mark1-13.htm
 是非「今後の対処法はいかにあるべきか」をテーマに、KT法に限らず、科学的な検討手法を用いて戦略を立ててほしい。戦略策定の専門家は多数おられる。
 著者がなぜ「検討体制と検討手法が適正であったか」疑問を持ったのは、伊藤県知事が極めて不適当な場所と古いシステムについて「最適の場所で最新鋭の設備だ」と発言されたからだ。「最適な場所と最新鋭の設備はどうあるべきか」、科学的な戦略策定手法を使えば別の答えが出たはずだ。                       
                                                                               以上
                                  (2011年10月10日記・10月17日改訂)






 霧島市国分川内地区の県産廃最終処分場問題の記録


1. 2003年10月3日:国分市議会が、国分商工会議所が提出した
   「国分市への公共関与の産業廃棄物管理型最終処分場誘致陳情書」を20対3で採択。
2. 2004年2月13日:「産廃最終処分場を勉強する会」(5名)を設立と同時に「低地立地方式」を骨子とする「産業廃棄物管理型最終処分場の建設用地選定に関する建白書」を鶴丸国分市長に提出し、その写しを須賀鹿児島県知事、県議会議長、県議会関係議員、国分市議会全議員、市内全公民館長、川内地区全戸(197戸)に送配布。
3. 2005年1月31日:鶴丸市長が「川内地区が候補地」と報道陣に突然発表。
4. 2005年2月:国分市で「産廃処分場反対市民の会」(15名)が立ち上がる。
5. 2005年2月・3月・10月:「しののめ新聞」1号・2号・3号を発行、国分市約23,000戸(市民数約5万5千人)に3回に亘り配布。川内地区の有志及び芦原の「よかにせ会」が大活躍。このころ、川内地区全体の勉強会や大学教授の講演会、連日の街宣車による街宣活動等を実施。
6. 2005年2月28日:鶴丸市長、市議会議長に反対署名簿1,574人分を提出。このころ、川内公民館、水利組合、用水組合、漁業組合、地下水利用者などが鶴丸市長と市議会に反対陳情書提出。 
7. 2005年3月8日:市議会傍聴のあと、議会開催中の国分市役所周りをデモ行進(約60人)。
8. 2005年4月1日:川内地区自治公民館館長交代。同時に「産廃対策委員会」を設置。
9. 2005年6月14日:鶴丸市長、市議会議長に反対陳情の署名簿12,557人分提出。川内地区自治公民館197戸で約70チームを編成し、4月11日~5月22日の42日間で、国分市約23,000戸全てを1~3回訪問させて頂いた。国分市全域を420地区に分割してローラー作戦を展開した。
10. 2005年11月27日:一市六町の合併で誕生した霧島市の初代市長選挙で、川内地区候補地反対を公約した前田終止氏が鶴丸元国分市長を破り当選。
11. 2006年1月10日:前田霧島市長が「川内地区候補地白紙撤回」を表明。
12. 2008年5月8日:伊藤鹿児島県知事が薩摩川内市川永野地区を産廃最終処分場候補地と発表。同時に次の候補地は、串木野市羽島、蒲生町西浦、肝属町岸良で蒲生町西浦が最有力と発表。

後記:当事件は、鹿児島県や国分市の関係者の無知が原因で、「わずか197戸の小さな集落を突然襲った大きな人災」であった。私たちの運動は、鹿児島県に初めて設置される産廃管理型最終処分場のあるべき姿を県や市に提言することを主眼とし、危険性の高い国分川内地区への設置に単に反対するものではなかった。極めて不十分ではあるが、鹿児島県が抱えるこの大きな問題が少しは認識され前進した。近い将来、川内原発も寿命で廃炉となる。解体で発生する放射能を帯びた大量の産廃(年間0.01ミリシーベルト以下は普通の産廃として扱われる)はどこに最終処分されるのだろうか。環境対策は、経済優先の考えの元で制定された法律を守ればいいというものではない。鹿鹿児島県は2011年3月25日、薩摩川内市への最終処分場設置を許可した。湧水が多い山間部の岩場の処分場は、未来永劫浸水と有害成分の流出事故を防げるだろうか。 
                                                                         2011年3月31日
         文責:霧島市国分川内地区自治公民館 産廃対策委員会 前田久紀          








  以下は、国分川内地区公民館の住民運動初期に開催した臨時総会の決議文です。住民運動への反対者が全く出ず、197戸が団結して強烈な運動を展開しました。


   川内字牛堀地区を候補地とした産業廃棄物最終
   処分場 適地選定および設置に反対する決議


 平成17年1月21日、国分市産業廃棄物最終処分場適地選考委員会は、候補地五か所を発表した。川内字牛堀地区がその一つである。
    当該地は、当川内地区内の上流の山間部に位置し、昔、東雲(しののめ)の坂と呼ばれ、なだらかな丘がいくつか重なり、三本松と呼ばれた頂上では、毎年小学校の春の遠足が行われ、集落の人たちが、わらびやタラの芽を採り、又、秋には栗拾いにと出かけた場所である。現在は、市有地となり、無残に切り崩され、昔日の面影はない。市は子供たちの夢を取り戻すべく、元の自然へ返すことこそが、そのもっとも大切な役目である。
    近くには、水源が二か所もあり、さらに下流には豊かな水田地帯が広がっている。又、当該地区は多量の浸出水があるうえに、崩落しやすい地盤である。平成5年の八・六水害では、大きな崩落が発生している。
このような場所へ、産業廃棄物処分場を設置すれば、水源汚染は言うに及ばず、地下水汚染などによる農地、川や海(鹿児島湾)の汚染による漁業、住民の生活環境保全へ、極めて重大な影響が懸念される。この環境破壊と地域住民の健康生命への重大な影響を永久的に及ぼすことが予測される。
    よって、川内地区公民館は、本日臨時総会を開き、自然豊かな田園村落地であるこの川内地区を守り、末代まで遺すために、ここに全員一致で「川内字牛堀地区を候補地とした産業廃棄物最終処分場適地選定及び設置」に強く反対し、反対活動を強化していくことを決議する。
平成17年1月30日    
                                                     国分市川内地区公民館住民一同

山にも春

 今日も韓国岳の麓を訓練でうろつきました。
花と新芽です。

猩猩バカマ


猩猩バカマ



ミヤマキリシマの新芽

2011年4月10日日曜日

ヘンな写真

 5月10日からエベレスト登山のベースキャンプ訪問の旅に出ます。最近、高地順応のトレーニングをやっています。新燃岳の噴火で韓国岳に登れないので、仕方なくその麓を連日うろついています。 
 下の写真は歩行起点終点の不動池です。撮影地点での普通のカメラ撮影ではとても一枚の写真には収まらないし、「ひと目」の視野にも入りきらないほど大きな池です。一枚目の写真の左端に見える道と右端に見える道は直線に近い同じ道です。約180度の視野が合成しない一枚の写真に写ります。二枚目の写真は約270度の視野が写っています。撮影日は異なります。カメラを左から右に回転して撮影しました。回転中に何回かシャッター音がしました(写真をクリックすると拡大して鮮明に見えます)。カメラはソニーのサイバーショット DSC-HX5 です。このカメラは動画も抜群にきれいに撮れます。値段は1万5千円くらいでした。カメラも何台か持参しますので、撮影のトレーニングもやっているのです。
 チベットのラサからネパールのカトマンズまで約2,000Kmを車で走ります。友人に、中国の空港で放射能を帯びた日本人の入国を拒否されないか心配していると言ったら、「2050年の極東地図」では西日本は中国の東海省になっているので「東海省からきたといえば大丈夫」とのことでした。そのようにするつもりです。(このやりとりが意味不明の方は「2050年の極東地図」を yahoo または google で検索してください)



2011年4月9日土曜日

ブラジルから来た植物達の近況

 ブラジルからきた植物たちの近況です。異常な寒さに耐えたあとの温かさで伸び伸びと新芽を吹き始めました。イペーは花芽が寒さでかなり痛み、開花も2週間程度遅くなりそうです。昨年沖縄から取り寄せたイペーロッショは種子が発芽したものと苗を植えたものすべて(数十本)が寒さで枯れ死しました。アマミセイシカとセイシカは奄美大島と西表島産で、結構寒さに強いようです。

 和田イペーアマレーロ













 
 和田イペーロッショ(意外と寒さに最も強かった)


 園田パウブラジル















 和田パラナ松


  和田カシア(シナモンのカシアではない)






 







 アマミセイシカ


 セイシカ(最も早く芽吹き始めた)

2011年4月7日木曜日

鹿児島ミニオフ会

 ブラジルでの1年間の実習を終えて先日帰国された今村さんを囲んで、有隅先生のご参加を得て放談会を開催しました。会は深夜まで及びました。酒量は三人全くの互角でした。ビールで始まり、焼酎は写真のボトル1本では足りず、コップで追加、ついか・・。