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霧島市, 鹿児島県, Japan
造園施工管理技士、土木施工管理技士、公害防止管理者(大気、水質各1種、 騒音、振動)

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2018年11月1日木曜日

「せごどんの力石」

   拙宅のすぐ近く(直線距離で200m)に「せごどんの力石」があります。西郷さんが狩りのために当地を訪れた際に、集まってくる近隣の青年と力比べをしたと言われています。78歳の年甲斐もなく、重さ約80Kgと言われている石を持ち上げてみました。私は韓国岳の麓にある白鳥神社の境内に置かれている、日清戦争時に軍艦に積まれていたという約80Kgの砲弾を持ち上げたことがあり、これよりかなり重く感じました。執念深く、石の寸法から重量を計算すると約90Kgはありそうです(下に計算式を示す)。この石の直径が約30cmとの記述がありますが、とんでもない話で約40cmはありそうです(実測値)
 この力石は、霧島市国分川内向日山にあった(現在のご当主町田郁夫氏談)清凉寺の住職、町田次郎兵衛をご先祖にもたれる町田家に伝わっています。清凉寺は明治初頭の廃仏稀釈で消滅したようですが、現在のご当主も仔細をご存じではありません。ご住職の町田次郎兵衛は現在の町田家の地に住み、西郷さんはこの町田家を定宿にしておられたとのことです。
 ご住職は身長188㎝あり、180㎝の西郷さんと大変懇意で、西郷さんの狩の案内も務められたようです。
 昔は遊びごとが少なく、江戸末期から明治にかけて「力石」との格闘が日本の若者の遊びの一つとして流行ったようです。無数の「力石」が国内に残っています。西郷さんは流行の先端を国分川内に持ち込んだことになります。
  
  せごどんの力石を持ち上げた
  動画撮影秘話: 撮影者は家内です。私が石を持ち上げた瞬間にシャッターを切るようにとの指示に従って執拗に私を映し続けていますが、最初からカメラの設定が「動画撮影」になっていたようです。家内がシャッターを切った瞬間、動画撮影が終了しただけで、写真は存在致しません。シャッターを切るタイミングが遅れたので、奇跡的に録画できました。


 せごどんの力石 :寸法を測った方がおられて、42×33×43㎝ とのことである。 
 このデータを元に重量を計算した。
 石の平均直径=(42+33+43)/3=39.3cm 
  V(体積)=4/3πr3 (4/3×パイ×アール三乗)
  より、V=31,768㎤ (≒0.3㎥)
   安山岩の比重=2.7~3.0をかけると、85.8~95.3Kg,
 一口で言って、90Kgはありそうだ。
   古い文献で、20貫との標記があるが極めておおざっぱである。これが25貫なら95Kgである。

せごどんの力石

  
  
    「広報きりしま」より引用:
 
国分川内「西郷どんの力石」

  西郷どんが国分地方に狩りに来たときの宿は、大抵は川内の町田次郎兵衛宅でした。次郎兵衛は清涼寺の住職で、身の丈は六尺二寸(一八八センチ)もある巨漢。西郷どんの狩りの案内人でもあり、話し相手でもありました。 「西郷どんが来ると、近くの青年が大勢集まってきて、狩りの話をしたり鹿児島の話を聞いたりしました。中でも力自慢の青年は相撲を取ったり、石を持ち上げてみたり、力比べをよくしたといいます。  西郷どんは若者たちと一緒になって、よく遊びました。そのとき力比べをした石が、今も町田さん宅の庭先に残っています。重さは約二〇貫目(約七五キロ)で、縦横三〇センチの丸い石です。
     註:前田は、石の平均直径は(42+33+43)/3=39.3cm  で、重量は90Kg前後ありそうだと思っている

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